メンガー文庫
オーストリア学派の創始者の一人として知られる経済学者カール・メンガー(1840-1921年)が蒐集した約2万冊からなる世界的コレクション。メンガー文庫は、全体として、以下の3つの特色を持っている。第一は経済学・社会思想の古典の充実度、第二はヨーロッパの十数ヵ国語にわたる周辺諸学への豊富な広がり、第三にはメンガー自身による数多くの書き入れ、自筆ノート、書簡などのドキュメントやマニュスクリプトが含まれている点である。
第一の特色をなす経済学・社会思想の古典の蔵書は全体の6割を占めていて、Lateinische, Alt-Deutsche, Compendien, Monographien, Englische, Franzosische, Italienischeに分かれている。ラテンではカンパネラやエラスムス等の16~17世紀の古典、アルト・ドイッチェではドイツカメラリストの作品が中心に収められている。コンペンディエンの中には主として歴史学派およびメンガーの同時代人ラウ、コンラート、ロッシャー等の作品が分類されている。モノグラフィーエンには、メンガー自身の著作や彼の兄弟アントン、マックスの著作の他に、『資本論』(1867年)の第1巻初版などがあり、広い意味での経済学の古典が含められている。英語文献では『国富論』(1776年)の各版、各国語訳、マルサス、リカードの主要著作の初版をはじめとして、重商主義から古典派経済学、さらには彼と同様に限界効用学派の祖といわれるジェヴォンズにいたるまで系統だった著作が収集されている。フランス語文献の方も、ボダン、ネッケル、チュルゴー等からワルラス、さらには社会主義者の作品まで幅広い範囲で選択されている。
第二に、この文庫では法学、歴史学、社会学、民族誌、旅行記、統計、雑誌類など実に多方面にわたる収書が行われている。これはメンガーの生涯における学問的思索の広がりとビブリオフィリズムとの結果であるが、このため経済学に限らない多くの専門分野からのこの文庫の利用が可能となっている。またこれは、経済学のパラダイム変換を図って経済人類学への道を開いたとも評される『国民経済学原理』改訂稿(没後出版)にいたるメンガー経済学の到達点、全体像をとらえるための手がかりともなる。
第三の特色については、まず蔵書の随所に見いだされる書き込みが重要である。特に上記『原理』初版の手沢本には実に細かい書き入れがあり、彼の改訂の意図を知る上での大きな手がかりとなる。その他、『国富論』独訳(1846年)やミル『経済学原理』独訳(1864年)、また当時の標準的教科書であったラウの『国民経済学要綱』第7版(1863)やロッシャーの『国民経済学大系』第6版(1866年)をはじめとするドイツ歴史学派の諸文献等にも無数の書き入れが見られ、メンガーの経済学の形成・発展過程を研究する上で極めて貴重な資料といえよう。
また当時の著名な経済学者であったコンラートや兄のマックスからの書簡、手書きの図書整理簿、古書業者からの請求書など彼の生活やコレクションの成立経緯を窺いうる興味深い資料が含まれる。
目録
文献
- 岩本吉弘「メンガー文庫事業のこと」(1)、(2)、(3)、(4)、(5)、『一橋大学社会科学古典資料センター年報』第31-32、34-36号、2011-2012、2014-2016年
- 岩本吉弘「メンガー文庫目録改訂作業の中から」、『一橋大学社会科学古典資料センター年報』第17号、1997年
- 岩本吉弘「メンガー文庫、ギールケ文庫の事務資料の調査について」、『一橋大学社会科学古典資料センター年報』第16号、1996年
- 岩本吉弘「メンガー文庫と大塚金之助 1923年-1924年 」、『學鐙』、1996年4月号
- 岩本吉弘「『メンガー文庫マイクロフィルム化・目録改訂・保存事業』について」、『一橋大学社会科学古典資料センター年報』第14号、1994年
- 中村喜和「『探検家』カール・メンガー」、『一橋大学社会科学古典資料センター年報』第10号、1990年
- 岡崎義富「カール・メンガー文庫覚書」、『大学図書館研究』第18号、1981年、その後、「カール・メンガー文庫についての覚え書」として『一橋大学社会科学古典資料センター年報』第1号、1981年に収録
- 大塚金之助「カール・メンガー文庫の思い出」、『読書春秋』第8巻第10号、1957年、その後、『一橋大学附属図書館史』一橋大学、1975年に収録
- 山田雄三「カール・メンガー生誕百年」、『一橋論叢』第5巻第3号、1940年
メンガー『国民経済学原理』
Grundsätze der Volkswirthschaftslehre
(Menger Mon.2142)
デジタル・ライブラリー
Digital Library of Carl Menger Collection
出版事項
Grundsätze der Volkswirthschaftslehre / von Carl Menger
出版者 Wien : Wilhelm Braumüller
出版年 1871
形 態 xii, 285, [1] p. ; 23 cm
注記事項 No more published
Errata at end
Includes bibliographical references
Interleaved, with manuscript notes by author
Title corrected in pen by author’s hand: Allgemeine theoretische Wirthschaftslehre
On t.p. written in pencil: No. 3
著者標目 *Menger, Carl, 1840-1921
本文言語 ドイツ語
解説文
経済学におけるオーストリア学派の祖にして、「近代経済学」の創始者のひとりである、カール・メンガーの記念碑的著作『国民経済学原理』の著者手沢本。メンガーは、度重なる勧誘・要請にもかかわらず、ついに『国民経済学原理』の再刊・翻訳を行わなかった。これは再刊にあたって、自著の徹底した改訂を意図していたためと考えられている。そのため彼は、各ページの間に白紙を挿入した書き込み用の特製本を3冊誂えていたが、その1冊がこれである。表題がメンガー自身の筆跡で『一般理論経済学』と改められているのが注目される。およそ人間にとって「経済」とは何か ―― この根源的な問いに答え得る、いわば《人間学としての経済学の大系》こそが彼の終生の課題となったらしい。
センターはこの他、もう1冊の手沢本を所蔵しており、残りの1冊にあたる遺稿類は、ノースカロライナのデューク大学に寄贈されている。この遺稿類からは、メンガー没後の1923年に、子息のカール・メンガー・Jr. によって『原理』第2版が編纂されている。
ケネー『フィジオクラシー』
Physiocratie, ou, Constitution naturelle du gouvernement le plus avantageux au genre humain
(Menger Fr.470)
出版事項
Physiocratie, ou, Constitution naturelle du gouvernement le plus avantageux au genre humain / publié par Du Pont …
出版者 A Pekin, et se trouve a Paris : Chez Merlin, libraire
出版年 1767
形 態 2 v. in 1 ([4], cxx, 520 p., [1] leaf of plates) : ill. ; 20 cm
他の書名 OH:Discussions et développemens sur quelques-unes des notions de l’économie politique
注記事項 Pt. 2 has special t.p.: Discussions et développemens sur quelques-unes des notions de l’économie politique. Pour servir de seconde partie au recueil intitulé: Physiocratie
Authorship attributed to Francois Quesnay. Cf. Barbier
Place of publication (Pekin) is false
Each part has errata on t.p. verso
著者標目 *Quesnay, Francois, 1694-1774
Du Pont de Nemours, Pierre Samuel, 1739-1817
本文言語 フランス語
解説文
デュポン・ド・ヌムール編纂によるフランソワ・ケネの著作集。「重農学派」という呼称は、この書名に由来する。従来、本書の初版と言われていた流布本では、第1巻(正編)のタイトルページの刊行年が〈1768年〉であるのに対して、第2巻(続編)は〈1767年〉となっており、書誌的に少なからぬ混乱を招いていた。この出版年次の問題を初めて解いたのは、戦後イタリアの初代大統領であった経済学者ルイジ・エイナウディである。彼は『東京商科大学所蔵カール・メンガー文庫目録』中に、正続ともに1767年刊の一本が含まれているのを発見し、また、流布本では刊行地が〈ライデン、およびパリ〉となっているのに対し、商科大本が〈ペキン、およびパリ〉と記載されていることを、1958年に発表した小論の中で指摘した。さらに「ペキン版」の編者解題中の《経済表が初めて印刷されたのは、1758年の12月、ヴェルサイユ宮殿において国王の立ち会いのもとであった》という一文が、流布本では削除されていることがわかっている。この「ペキン版」は、今日では世界中に数部しか残存しない稀覯本である。
セー『経済学概論』
Traité d’économie politique, ou, Simple exposition …
(Menger Fr.1428)
出版事項
Traité d’économie politique, ou, Simple exposition de la manière dont se forment, se distribuent, et se consomment les richesses / par Jean-Batiste Say …
出版者 A Paris : Chez Deterville
出版年 an XI, 1803
形 態 2 v. ; 21 cm
注記事項 Includes bibliographical references and index
著者標目 *Say, Jean Baptiste, 1767-1832
本文言語 フランス語
解説文
ジャン・バティスト・セー(Say, Jean Baptiste, 1767-1832)は19世紀前半のフランスにおける自由主義経済学者の領袖であった。本書は、需要と供給の必然的一致を説いて、過剰生産恐慌を否定したセー法則(販路説とも言う)で有名である。セー法則は「生産は消費の規模によっては制限されない」ことであるが、その根拠は、①貨幣は媒介物にすぎず、生産物は生産物で買われるという購買と販売の均等説、②生産は所得を生み所得は需要を生むという理由による生産と消費の均等説である。セー法則は、J.ミル、リカードウ、J.S.ミルらに取り入れられたが、マルサス、ローダーデール、シスモンディらの批判を受けた。ケインズの『一般理論』はセー法則を古典派の二つの公準の一つとして、これを批判するところから始めている。同書は、販路説をはじめ、効用理論、価格論、企業者論、国民所得論などミクロ・マクロ経済学両面に寄与している。
J.S.ミル『経済学原理』
Grundsätze der politischen Oekonomie : nebst einigen Anwendungen derselben auf die Gesellschaftswissenschaft
(Menger Eng.983)
出版事項
Grundsätze der politischen Oekonomie : nebst einigen Anwendungen derselben auf die Gesellschaftswissenschaft / von John Stuart Mill ; aus der fünften Ausgabe des Originals übersetzt von Adolf Soetbeer
版 2. deutsche Ausg
出版者 Hamburg : Perthes=Besser und Mauke
出版年 1864
形 態 xxiv, 734 p. ; 24 cm
他の書名 VT:Principles of political economy
著者標目 *Mill, John Stuart, 1806-1873
Soetbeer, Adolf, 1814-1892
本文言語 ドイツ語
解説文
本書は、イギリス古典派経済学過渡期の経済学者として知られるJ.S.ミル(Mill, John Stuart, 1806-73)が、自由主義経済学を新しい社会哲学によって再編成するために執筆した著作のドイツ語版である。本書は、理論(第1-4編)と政策(第5編)に分けられているが、注目されるのは、分配論を物理的真理の性質をもつ生産論から区別して分配は歴史的・社会的に可変であることを強調したことと、動態論で停止状態と労働者階級の将来とが論じられていることである。分配論や動態論で現れているJ.S.ミルの社会哲学は、第5編の政策論にも底流しており、1860年以降の彼の著作活動や社会改革運動を方向付けている。本書はメンガー自身の書き込みがある。
マルクス『資本論』
Der Produktionsprocess des Kapitals
(Menger Mon.2039)
出版事項
Der Produktionsprocess des Kapitals
出版者 Hamburg : O. Meissner
出版者 New-York : L.W. Schmidt
出版年 1867
形 態 xii, 784 p. ; 23 cm
著者標目 *Marx, Karl, 1818-1883
本文言語 ドイツ語
解説文
本書は、自由競争が最盛期のイギリス資本主義を見据えながら、資本主義経済の原理と内容を解明しようとしたカール・マルクス(Marx, Karl,1818-83)の古典的著作である。「商品」の使用価値・価値の2要因が、商品労働の具体的労働・抽象的労働の二重性の結果であり、価値の実態は「社会的必要労働」であるとして、古典派以来の労働価値説を再構築した。商品は自己の価値を同一価値の他の商品の使用価値量で表現するから、価値は相対的価値・等価という「価値形態」へ概念的に上向する。人間労働から離脱し「疎外された」商品の運動は、商品生産者に「商品物神」という「疎外された意識」を植え付け、等価形態が「貨幣」へ発展すれば「貨幣物神」という高次の幻想を付着する。貨幣に媒介される「商品流通」は、労働生産物の持ち手・位置の変換という超体制的な「社会的質料変換」の疎外された形態であり、それは価値法則が暴力的に支配する世界である。本書の第一巻初版は1000部のみ出版されたが、一橋大学はその3部(古典資料センター2部、附属図書館に1部)を所蔵している。