貴重書コレクション

ケネー『フィジオクラシー』

Physiocratie, ou, Constitution naturelle du gouvernement le plus avantageux au genre humain
(Menger Fr.470)

出版事項

Physiocratie, ou, Constitution naturelle du gouvernement le plus avantageux au genre humain / publié par Du Pont ...
出版者 A Pekin, et se trouve a Paris : Chez Merlin, libraire
出版年 1767
形 態 2 v. in 1 ([4], cxx, 520 p., [1] leaf of plates) : ill. ; 20 cm
他の書名 OH:Discussions et développemens sur quelques-unes des notions de l'économie politique
注記事項 Pt. 2 has special t.p.: Discussions et développemens sur quelques-unes des notions de l'économie politique. Pour servir de seconde partie au recueil intitulé: Physiocratie
Authorship attributed to Francois Quesnay. Cf. Barbier
Place of publication (Pekin) is false
Each part has errata on t.p. verso
著者標目 *Quesnay, Francois, 1694-1774
Du Pont de Nemours, Pierre Samuel, 1739-1817
本文言語 フランス語

解説文

デュポン・ド・ヌムール編纂によるフランソワ・ケネの著作集。「重農学派」という呼称は、この書名に由来する。従来、本書の初版と言われていた流布本では、第1巻(正編)のタイトルページの刊行年が〈1768年〉であるのに対して、第2巻(続編)は〈1767年〉となっており、書誌的に少なからぬ混乱を招いていた。この出版年次の問題を初めて解いたのは、戦後イタリアの初代大統領であった経済学者ルイジ・エイナウディである。彼は『東京商科大学所蔵カール・メンガー文庫目録』中に、正続ともに1767年刊の一本が含まれているのを発見し、また、流布本では刊行地が〈ライデン、およびパリ〉となっているのに対し、商科大本が〈ペキン、およびパリ〉と記載されていることを、1958年に発表した小論の中で指摘した。さらに「ペキン版」の編者解題中の《経済表が初めて印刷されたのは、1758年の12月、ヴェルサイユ宮殿において国王の立ち会いのもとであった》という一文が、流布本では削除されていることがわかっている。この「ペキン版」は、今日では世界中に数部しか残存しない稀覯本である。

最終更新日時

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